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私が絵を描き続ける理由


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皆さんこんにちは、画家のあけのみつたかです。

私が絵画の制作を初めて約3年、ようやく私の制作した作品が一般販売されます。

「私が絵画を描き続ける理由」ということですが、そのためには私自身が芸術と絵画というものをどのように捉えているかということから話をはじめなければなりません。

現在、数多くの画家たちが数多くの作品を生み出していますが、このサイトに訪れた皆さんは「絵画は難しいものだ」と考えたことはございませんでしょうか?

ピカソから始まった「個性」を重視する芸術の流れの中では「ダダ」や「シュルレアリスム」のような個性的な作風を数多く見出してきたのは事実です。

しかし、個性を重視する流れの中に、ひとつの矛盾を感じている、という人もいるのではないでしょうか?個性を尊重するあまり「芸術の原点」を忘れてしまっているように感じざるをえない、という方もこの中にはいらっしゃるでしょう。

そして、個性を重視するあまりその作品や作家たちの「価値」というものが分かりづらくなり、芸術と呼ばれる分野が現代社会の中で置き去りにされている現状があります。

しかし、その作品の価値を決めるのはやはり「どれだけ多くの人に感動を与えたか」ということではないかと考えています。

言い方を変えると「どれだけ多くの人が美しいと感じたか」ということではないかということです。

美しさとはなにか

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ではここで疑問になってくる問題は「美しさとはなにか」ということです。

人類がかつて作り上げた傑作と呼ばれる芸術、絵画や彫刻だけでなく、音楽や小説、オペラなどの演劇、その他様々な表現方法がありますが、その中で共通する「美しさ」とは何なのでしょうか。

私は「美しさ」というものを「感応」という言葉に置き換えることが出来ると考えています。すなわち「私はこの作品を美しいと感じた」ということと「この作品に感応した」という言葉は同義だと考えているということです。

ここで先ほどの美しさの話に戻ってみると、どうやら人類共通の「美しさ」とは「全人類が感応するもの」と言い換えることができそうです。

永遠の中に輝くダイヤモンドの光

ではここで、かつて傑作と呼ばれ、現在でも感動する人間が後を絶たない名作たちは、どうしてこれほどまでに多くの人の心を感応させ続けるのでしょうか。

私はそれはやはり「永遠」というものを表現し得た、というところが大きな理由なのではないかと考えます。

永遠のもの、永久に消えず、悠久の昔より、永遠の未来へと流れ去っていくもの、そういったものがやはり名作には込められているのではないかと考えているのです。

その永遠に輝き、人類を魅了してやまないダイヤモンドの如き輝きは、文学の世界や哲学、宗教、様々なものの中にも語られてきたものだと思います。

その永遠のもの、永久に消えないものをある時は「運命」と呼ばれ、ある時は「法則」と呼ばれ、またある時は「真理」という言葉でも語られてきたのではないでしょうか。

私はそういった永遠のものは、不変なるものは、不滅のものは、金銭的なものを超越したものであると考えます。

なぜなら、かつて二束三文で購入されたり、公開された作品が、後世数百年の後に名作の中に名を連ねていることが数多くあるからです。

私は現在無名にも等しい画家ですが、その「永遠」と呼ばれるものがあるなら、確かに感じられるなら、それを垣間見ることが出来るなら、より多くの人に見ていただきたいと考えますし、そこに一切の自尊心を持ち込んではいけないと思っています。

だからこそ、私は自分の作品をこれからも公開し続け、より多くの人に見ていただきたいと考えているのです。

全人類に共通する「永遠」とは何かを探求し続ける所存なのです。

その景色が美しく感じたのは、どこかで見たことのある景色だったからだ。

しかし私達はその景色をどこで見たのか、誰と見たのか、なぜ見つけたのかを憶えていない。

一番肝心なことなのに思い出せない。

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私達はそれを絵に描き、思い出す。

そして気がつく、私達の眼は、あの時、あの瞬間から1ミリだってズレてなどいないのだと。

光の陰影、肌の質感、気温、指先の流れすらも全て記憶していた。

私達はあなたに出逢えば、もう一度出逢えば、きっとまた愛することだろう。

きっとまた愛してしまうだろう。

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今まで見たことのない美しい景色も、今まで見たことのない風景も、

そんなものは何処にもありはしないのである。

私達が描きたい景色は、いつもいつも、いつか、どこかで見たことのある景色だったのだ。

しかし私達はその景色をどこで見たのか、誰と見たのか、なぜ見つけたのかを思い出すことはできない。

だからこそ、私達はその景色を、その瞬間を、その光を、美しく感じるのである。

もう一度、思い出したくて、思い出せなくて、描くのである。

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さすれば私達は気が付くだろう。

いつか見たその空は、雲は、光は、気温は、微笑みは、永遠の中に篭められた秘密の景色なのだと。

私達は更に気がつく。

いつか見たその青い空は、流れる雲たちは、光り輝く水辺は、輝きに満ちた微笑みは、私達が生まれた瞬間から、知っていたものだということに。

思い出すだろう、自らがどこからやってきて、どこに向かって歩いているのかを。

誰とすれ違い、誰と出会い、別れ、愛し、美しいと感じたのかを。

そして見えてくるだろう。

過去、現在、未来の、時空間を超えて存在する何かに。

思い出せない何かに。

気が付かない何かに。

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