果てしない未来の話
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あけのみつたかの表現哲学・キュレーション
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冬の肌寒い時期、どうしてもこの季節は、哀しい気持ちになります
それは外的な要因でそう感じるとか、疎外感とか、絶望とか、そういったものとは全く違った感情です。
春は揚々とし、草木は華やぎ、空気は、熱を帯びて輝いています
そういった季節には浮かれ、共に自然のままにあるのも良いと思います。
しかし、冬の肌寒い季節、雪積もる部屋の中、一人感じる「哀しさ」にもまた、一定の意味合いがあると思います。
この哀しみの意味は「孤独」です。
そしてこの孤独の中に、人間として、最も大切な意味があると私は思います。
この孤独は、誰かと共にいるから晴れるとか、そういう意味での孤独ではありません。
誰かと浮かれ騒ぎ、忘我のうちにも、この孤独が晴れることはないでしょう。
…
だからこそ「哀しい」のです。
それは、自分自身の内的な存在が、あらゆる手を尽くしてアプローチしようとしているということだと思います。
今まで、誰一人、見ることも、触れることもできなかった内的な空間が、非常な哀しみを伴って流れてくるその言葉の中に、想いの中に、行動の中に、大いなる情熱が秘められているものだと強く確信するのです。
その悲しみの意味を、ただの一人も理解することなく、流れ去っていく時間の中に「孤独」という言葉の旋律が、静かに流れているのです。
芸術という、一見単純で、インスピレーショナブルな世界で生きていて、特に感じるのはこの「孤独」の底にあるものなのです。
私が表現したいことの一割にも満たない作品たちでさえ、陽の目を見ずに、今も眠っています。
それは、その先にある、本当に表現したいものを阻害する大きな要因となっています。
しかし、私は、それがたとえ解消されようとも、本当に表現したいものに辿り着くことはないでしょう。
なぜなら、全てのものは有限であり、時間とともに流れ去っていくからです。
それでも私は、それを表現したい、多くの人に伝えたい、伝え尽くしたい。そういう想いが溢れて、憚ることなく、続いているのです。
…
そして、これからも止まることはないでしょう。
それはこの地表の潮流に揉まれながら、静かに、ゆったりと、やがて、あの岸辺へと辿り着くことでしょう。
その時、私はこの世にいないかもしれません。
果てしない未来の話です。果てしない未来、私たちが忘れ去ろうとしている「孤独」を、やがて人々は知ることになるでしょう。
その時にこそ、物語は再び始まるのです。永遠の神秘です。永遠の神話です。そして、永遠の、「形なき言葉」として語り継がれていくことでしょう。
…
これが私の、私たちのやろうとしている「芸術の意味」です。
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