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改めてあけのみつたかの自己紹介を・・・(はじめまして)

公開日: : 最終更新日:2015/03/22 近況報告、その他

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こんにちは、画家のあけのみつたかです。

先日作品をArtMaterというところで販売を開始しましたので、
改めて自己紹介を兼ねて自身の画家として大事にしている
ポリシーとでもいうべきものをここではっきりと打ち出していかねばならないと思い、
今回この場を借りて、発表させていただきます。

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まず、私が絵というものに目覚めた瞬間というとこから話を始めていかねばならないのですが、
物心に付く前から絵というものに興味があり、いつも母親が集めてくれるチラシの裏に絵を描いていたことを憶えています。

その時描いていた絵の中で憶えているものが、額縁に飾られた怪獣であったと思います。

この絵の中に描かれていた額縁というのが、ちょうどその頃、
和室においてあった祭壇に、『El cantare』と書かれた額縁があったのですが、それを描いていたんですね。

もうその頃から、私の心と視覚というものは、『目に見えないもの』に惹かれていたわけです。

しかし私は小学校に入学した頃、水彩画というものに出会います。

今までクレヨンと鉛筆と、あとマジックペンしか触ったことのなかった私に、
いきなり水彩という世界が現れたわけです。
その辺りから、私は絵というものに、特に、絵の具を使った絵というものに非常に面倒臭さを感じるようになっていきました。

そして、思春期に入り、私も細々とではありますが、鳥類図鑑などを模写してみたり、
漫画のキャラクターなどを写すようなことをやっていたと思います。

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しかし、高校受験の時期、私に転機が訪れました。

それが、当時公立の高等学校では珍しく美術系の生徒を養成していた高円高等学校に入学したことです。

最初の1年目は、一通りいろいろな画材を使い、感触を知ってもらうということで、いろいろな画材を触る機会を得ました。

水彩、鉛筆、木炭などのデッサンから始まり、油彩画、日本画、PC、ポスターカラー、
さらには彫刻までも学習する機会を得、いろいろな技術を習得していきました。

その中で、一際人気の高かったデザインを専攻し、将来は、何にするかということで悩んでいた時期もありました。
その時私は、2つのことを考えておりました。

ひとつには画家として成功し、生計を立てるということと、
もう一つは、実社会の中で、デザイナーとして生きていくことでありました。

私は実社会の中で、一際人気が高く、また社会的に認められているであろうデザイナーという職業に、
どうしても惹かれていきました。

しかし私には画家として大成し、世の人々に私の持つ『美とはなにか、美しさとはなにか』
ということ問うていきたいという気持ちを、どうしても捨て切れませんでした。

しかし、3年の夏がやって来て、私はいよいよみんなが進路を決めていく中で、焦りを感じ始めました。

美術の先生に、「私は画家になる!」と言ってみたところで、鼻で笑われるのは目に見えていたので、私は見栄を張り、
「デザイナーとして軌道に乗せ、その中で、趣味として絵を描いていく」という形で妥協したわけです。

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しかし、卒業し、春が来、夏が来ても、私にとっての転機というものは、やって来ませんでした。
はっきり言って、実社会の競争社会に突然放り出され、やっていける訳がなかったわけなのです。

しかし、画家という意味での私の人生は、少しずつではありますが、水面下で順調に進んでいたのです。

というのも私の絵に対する情熱、情愛というものは高校で美術を専攻していく中でも湧いてこなかったのですが、
しかし、2年になる直前の2012年4月9日、強烈な運命の転換期がやってきたのです。

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まさしくそれは、私の人生の中で一番のショックでした。
この記事を現在読まれている皆様に、分かるようにお話をするとしたら、
強烈な緑色の光が、私の描いていた絵を貫いたということです。

すでに、完成が程遠いその絵の、完成形が見えたのです。

「こう描きなさい、そして汝は、この道を歩め」そう言っているかの如き、強烈なメッセージ性でした。

それからと言うもの、至るところで絵のアイデアが湧いてくるようになりました。
その中で、実際に完成させたものはごく一部です。

そしてその中で、私は心の奥で「あぁ、私はこの道を歩むために生まれてきたのだな」と確信するようになりました。

そうして去年の12月の暮、デザイナーとしてはそろそろ軌道に乗り始める、収入が出始めるなと思っていた頃、
私はさらにはっきりとしたメッセージをいただいたのです。

それがこれです。

―その景色が美しく感じたのは、どこかで見たことのある景色だったからだ。

しかし私達はその景色をどこで見たのか、誰と見たのか、なぜ見つけたのかを憶えていない。

一番肝心なことなのに思い出せない。

私達はそれを絵に描き、思い出す。

そして気がつく、私達の眼は、あの時、あの瞬間から1ミリだってズレてなどいないのだと。

光の陰影、肌の質感、気温、指先の流れすらも全て記憶していた。

私達はあなたに出逢えば、もう一度出逢えば、きっとまた愛することだろう。

きっとまた愛してしまうだろう。

今まで見たことのない美しい景色も、今まで見たことのない風景も、

そんなものは何処にもありはしないのである。

私達が描きたい景色は、いつもいつも、いつか、どこかで見たことのある景色だったのだ。

しかし私達はその景色をどこで見たのか、誰と見たのか、なぜ見つけたのかを思い出すことはできない。

だからこそ、私達はその景色を、その瞬間を、その光を、美しく感じるのである。

もう一度、思い出したくて、思い出せなくて、描くのである。

さすれば私達は気が付くだろう。

いつか見たその空は、雲は、光は、気温は、微笑みは、永遠の中に篭められた秘密の景色なのだと。

私達は更に気がつく。

いつか見たその青い空は、流れる雲たちは、光り輝く水辺は、輝きに満ちた微笑みは、

私達が生まれた瞬間から、知っていたものだということに。

思い出すだろう、自らがどこからやってきて、どこに向かって歩いているのかを。

誰とすれ違い、誰と出会い、別れ、愛し、美しいと感じたのかを。

そして見えてくるだろう。

過去、現在、未来の、時空間を超えて存在する何かに。

思い出せない何かに。

気が付かない何かに。

これが、芸術の真髄である。

これが、芸術が、芸術たらしめている根源の理由であり、

人類にとっての、芸術は、永遠の、凡百の彼方に消え、思い出すことのできない何かを教えるのだと。

この言葉を語るはお前自身でない。

この言葉を語るは、人類の、永遠の親であり、

汝より出たるこの言葉は、永遠の仏陀より出たる言葉である。

汝の見えざるをしれ。

汝の、その身の、その肉体の儚さをしれ。

そして教えるのだ。人類のために。

芸術が、人類にとって、どれほどまでに重要なものであるかを。

書籍など千年で消える。

絵画など、千年で消える。

されど、されど、されど、永遠の言葉は、永遠の景色は、思い出したくて、掴みたくてもつかめないその光は、

何処かに消え、凡百の彼方に消えたるその景色は、その言葉は、永遠にあなた方の心に残り続けるのだと。

そして気がつくだろう、人類が、何処より生まれ出たのかを。

汝、芸術の真髄をしれ。

真髄を知ったならば、じっとしていられようか。

もはやあなたは迷うことはない。

あなたはもう、間違うことはない。

あなたは成さねばならない。

あなたは行動を起こさなければならない。

芸術の誇りを、今一度、人類の福音を思い起こすのだ。

それが、お前の使命である。―

まだ私はデザイナーという道を諦めたわけではありません。

しかし、この事実を知ってしまった今、私にできることは、ただの一つなのです。
絵を描こうと。そうして信じて止まないその光を人々に届けようと。

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私の絵は拙いかもしれません。幼稚に見えるかもしれません。下手くそに見えるかもしれません。
しかし、信じて欲しいのです。私の今言った話を聞けば、なぜ私が絵を描くことをやめないのかが分かるはずです。

道は遠大です。表現しきれたとも全く思っておりません。

ただ描くのみなのです。

長文になりましたが、以上が私の画家として大事にしているポリシーの話でした。
最後までお読みなってくださった皆様、ありがとうございました。

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