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あけのみつたかのステートメント

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私、あけのみつたかが画家として活動を始めてもうすぐ10年の歳月が流れようとしています。

まだ最初の頃は自分の若すぎる失敗を契機に趣味として絵を描いているにしか過ぎませんでした。

それより以前、私は芸術というものの意味を知らず、誰に教わることもなかった時に「なぜ誰も芸術の意味を教えてくれないのだろう」という疑問に駆られました。

しかし私はまだ自分の道というものが分かりませんでした。どうしてもアートという分野が現実的なものに感じられなかったのです。

そんなある日、転機は訪れました。

ある夜、またいつものように趣味の油絵を描いていました。少し感傷的だった気がします。

突然、薄緑の光線に包まれました。私と私の描いている作品のみを残して一面の若葉色に包まれたのです。そしてまだ下書きであるはずの私の作品の完成図がありありと見えてきました。

その瞬間、私の人生は前後断裂しました。今まで信じてきた「当たり前」がグラグラと、音を立てて崩れていったのです。ここから私は「目に見えない世界」との格闘が始まったのです。

このまま、一種の「精神障害」に悩まされる一生でもおかしくはありませんでしたが、どうやらこの幻視はある程度の精度で様々な事象にアクセスできるようでした。

それは過去と現在と未来が一つの泡の中に閉じ込められているように見えるのです。その泡沫の一つ一つが個性ある人間なのでしょう。私は自身の精神の支持にそうした無限とも思われるような空間を見ることができるのです。

またその空間を自在に開き、本来見ることのできないはずの未来や忘れ去った過去の情景を望むことができ、持ち前の画法で描き出すことも可能です。そのビジョンを一々誰かに言うわけではありませんが、かなりの精度で当たるのでただの幻覚ではないと分析しています。

それは望んで手に入れたわけではありませんが、偶然にも無意識界と言われるような世界を自在に見て回ることができるようになっています。

それは一般的には「精神障害」と極めて近い状態ではありますが、それをコントロールするだけの度量もあるようで今の所はこの能力を暴走させずに統御できています。

そうした特異な経験を持っているのが現状の私なのです。

人は喜びの時にのみ人生の経験を増すわけではありません。

むしろ人生の苦難の時にこそ様々な学びが横たわっているように感じます。時に私も同じように、様々な艱難辛苦を通過し、人生の妙義を一つづつ掴んでいくような感触があるのです。

そして、私は画家として活動を続けていく内に気がついたことがあります。それは「自分を応援してくれる人の多さ」です。

何年もの間、私は非常な孤独を抱えていました。誰も分かってはもらえず、理解してもらえず、ただ私のいう「真実の経験」は、現代社会のストレスで病んだ一高生の戯言だと思われ続けました。

しかし、画家という職業を志した時、垂直な崖を登るように進んでいく中、多くの人が自分を支えてくれていることに気がついたのです。自分を支え続ける多くの人の姿に気が付いたのです。

それだけではなく、自分の握るロープは、上にいる先達たちの垂らした糸でもあったのです。上からも下からも支えられ「自分はなんと愚かだったのか」と思い知らされました。

直接声を掛けては下さらなかったのですが、遠巻きで見ていた人達の中にも自分を見守って下さっている方が数多くいることに気が付きました。

私はその時に「人の役に立つ芸術を作ろう」と決意しました。

人の役に立つ芸術とは一体なんであるかというと精神的な発展を経験できる芸術です。有り体で言えば「人々を啓蒙できる芸術」のことです。

では人々を啓蒙する芸術とは何でしょうか。それは「思想性を持った芸術」のことなのです。

ここでいう思想とは薄っぺらな知識をひけらかすことでもなく、技巧のみを誇って自らの歪曲した妄想に浸ることでもありません。人生という短い時間の中で得た経験と知識から育った智慧のことです。

そしてそれは人の心へ伝わるものです。絵画でも、彫刻でも、映画でも、音楽でも、ダンスや舞台でも、文学でも、この人生の経験に裏打ちされ、自らの精神性を高めると同時に、他の人の精神性をも高めるに至った智慧は永遠のものなのです。

それは例えれば、汲めども汲めども沸き止まぬ霊泉のように、消しても消しても消えない炎のように、様々な時代の変遷の中でも消えない光に感じられます。

思想そのものを表現することです。私は今の時代にこそそれが必要であり、可能であると思えるのです。

しかし、かつての歴史の中で思想そのものを表現し得た芸術が幾つ存在したでしょうか?一体数百年、数千年の歴史でどれだけ人々を啓蒙しうる芸術が誕生し得たでしょうか?

私たち芸術家たちは怠けすぎたのではないでしょうか。「芸術に意味など要らない」という甘言に、いったいいつまで甘んじているつもりでしょうか?

そういった思想性を持った芸術はルネサンス期にわずかに登場したに過ぎず、それ以降は混迷と、絶望と歴史的シンボルを描いていたにしか過ぎないのではないでしょうか?

本当にそれで良かったのでしょうか?文脈を意識する現代の芸術に、後世へとただただ問題と責任を後回しにする弱さを感じているのです。そうであってはいけない。

これから新しい芸術が始まるのです。新しいルネサンスが始まるのです。私はその一助を担いたいのです。これが私が登場した意味です。これが新しい芸術の理想なのです。これが私のステートメントなのです。

そして9年の歳月が流れました。私はこれを言わんがために絵筆を握り続けてきたのです。そしてこれからも、理解してくださる方の数が増え続けることを心待ちにして絵筆を握っているのです。

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